「ラオスにおける大腿義足走行実現」に向けた現地リサーチを、2018年9月上旬に3日間のビエンチャン滞在にて行いましたので報告します。
走行は
・ジョッギングレベル(歩行と同等か少し速い速度)、
・通常走行レベル(ジョッギングから疾走の間、信号が変わって急いで渡る時に必要な速度)
・疾走レベル(スプリント競技レベルの速度)
で表します。
1. 現状
リハビリセンターで製作される大腿義足は、ソケットの強度と適合の面から、走行レベル以上に用いることは難しいものであると思われた。
尚、膝継手、下腿部、および足部の強度については、内部構造がわからないため不明であった。
・ソケットの強度について
ソケットは、熱可塑性樹脂板をオーブンで加熱して石膏モデルに巻きつけ、真空成形したものをトリミングして製作するものであり、これは接合部分を含めて日常生活における動作よりも強い加重の繰り返しには耐えられないと考えられた。
・ソケットの適合について
義足の装着は、ソケットに取り付けられた革ベルトを腰に巻いて懸垂する差込み式であるため、義足側遊脚期(足が地面から離れている時)には断端とソケットとの間に隙間ができる。また、ソケットの内部は革ベルトを止めるビスなどで滑らかではないことから、擦傷を防ぐために布製カバーを断端にかぶせて義足を装着する(フィッティング目的もあるかも知れない)。これでは通常走行レベルであっても義足のコントロールは難しい。
2. 大腿義足走行実現に向けた課題
ラオスにおける大腿義足走行の実現には、先ず、個々の切断状況に合った坐骨収納型(*1)吸着式ソケット(*2)を製作することから始まる。
四肢切断者の断端の状況はそれぞれ異なる。今回、ラオスにて触診したパラ水泳代表の下腿切断選手と大腿切断選手は、二人とも短断端であったが残存筋による筋力は見られた。しかし、骨端が直接皮膚下にあったため、操作性が良い義足を作るには吸着式ソケットで骨端がソケットに当たらないようにする工夫が必要になる。
日本などでは、筋機能を維持するためと切断後の筋萎縮により骨端が現れないようにするために、術時に骨端の角を落として筋で包む処理を行う(緊急時の対応医によっては行われないこともある)。この二人がたまたま断端の処理方法が悪かったかどうかはわからないが、ラオスでは、まだ、このようなケースが多いかも知れない。
機能的なソケットを装着できれば、膝継手と足部は走行に適したものを手に入れて(海外製は高価なので、現行のものを改良するかシンプルで廉価な部品を製作することができれば良いのだが)走法トレーニングを行うことにより、走行は可能になると考える。
*1 坐骨収納型 ラオスで現在製作されている四辺型ソケットに比べて、安定性が良い、義足の操作性が高い、義足側が外転位になりにくいなどの利点がある
*2 吸着式ソケット ソケット遠位部(下部)に排気バルブを取り付けてソケット内部を常に陰圧状態とすることで、義足を断端に吸着させて懸垂する方式のソケット。大腿義足の懸垂方法には、他にシリコンライナーによる方法もあるが、ライナーやキャッチピンなどの部材が必要となるため、今の所は吸着式が良いと考える。これには、吸着性を高めるために精度が高い採型と適合が求められる
走法指導とトレーニング
大腿義足走法獲得は、これまでの経験から切断以外の障害がない場合は1日の指導で基本動作の習得が可能である(以下に参考動画を掲載)。走法獲得後のパフォーマンスの向上には切断前の走行経験や断端長により差異があるが、基本動作を繰り返すことによって安定した対称動作の走行ができるようになると考えている。
なお、走行トレーニング開始後は、切断肢の筋量の変化によるソケットの適合調整と、パフォーマンスの向上による義足アライメントの再確認と調整が必要になる場合がある。
・大腿義足走行において、健常者と同様の交互走行が可能である理由
健常者の走動作の研究では、遊脚期の膝関節屈伸動作は筋力によるものではなく、地面反力や股関節などの動きに連動して行われていることがわかっている。ということは、大腿義足走行において、膝継手に屈伸動作を行うための機構がなくても、膝継手は地面反力や股関節などの動きに連動して屈伸動作が行われるということである。
・三澤拓 現アルペンスキー日本代表選手(立位)
https://ameblo.jp/hm-oneleg-skier/
6歳時に、交通事故にて大腿部を切断(短断端)。
交互走法指導により、数時間のトレーニングでスキップ走法(義足側が接地可能な完全伸展位になるまで、健側で2度ステップする走法)から日常用義足による交互走行が可能になった。
・球技試合中に受けた傷害が原因で大腿部を切断した青年
切断前は100mを11秒台で走った。
これまで、走行時には義足接地時に膝折れしないよう膝継手部品を屈曲しにくい設定としていたため、脚部を股関節から回しこむ走法であった。これに対して、膝継手部品の屈曲と伸展をできる限り自由に動くように設定して交互走行を指導。
数回の練習で、走速度が増した交互走行が可能になった。
・山本篤 プロアスリート
高校生時にバイク事故で大腿部を切断。
切断後に、義足走行を試みるが、走行中に転倒を繰り返す。
義足の設定と走法の指導を行ったことで安定した交互走行が可能になり、以後のトレーニングにより世界で上位にランクされるジャンパーとなった。